私は生保会社で事務員をしている。社内の人間の殆どが営業なので、日中オフィスには殆ど人がおらず閑散としている。夕方になるとわらわらと営業の人たちが戻ってくるので、私はそこから色々と忙しくなることが多い。

営業マンの佐々木さんは、もうすぐ定年退職を迎える大ベテランさんである。残業の多い、いつもバタバタしている私に、「差し入れだよ」とケーキや大福なんかを時々くれる優しいおじさんだ。佐々木さんには別れた奥さんともうすぐ成人式を迎える娘さんがいるそうで、今は一緒に暮らしていないけれど、いつかまた一緒に暮らしたいんだ、ということをたびたび聞いていたことがあった。初めてその話を聞いたとき、こんなにいい人と別れちゃうなんて、と正直なところ思った。夫婦のことは他人にはわからないものだけれど、佐々木さんを見ていると、お客さんや周囲の人たちへの気遣いがものすごいからだ。人間に対してだけじゃなく、物に対してもそうだ。

佐々木さんは他の人と違って、会社の備品も大事に扱う。そして佐々木さんが乗っている会社の車も、佐々木さんはとても大事にしているのだ。

そんな佐々木さんが乗っている車が、佐々木さんの定年退職と同時に廃車になることになった。だけどそれも仕方ない話で、佐々木さんの乗っていた車は15万キロをオーバーしているのだ。いかに佐々木さんがその車を大事にしていたかがわかるだろう。

先日も退社後に、佐々木さんが営業車を洗っているところに遭遇したのだが、思わずぼんやりとその姿を眺めてしまった。とても大切そうにその営業車を洗っている佐々木さん、まるで洗いながら「ありがとう、ありがとう」とその車にお礼を言っているようだった。そんな佐々木さんの姿を見ながら、もうすぐ定年退職でいなくなってしまうことへの淋しさや、奥さんと娘さんへの思いを思い出し、思わず鼻の奥がつーんとなってしまったのだった。